ソピアップ・ピッチ 「すべては癒しの種となる」at 小山登美夫ギャラリー六本木

小山登美夫ギャラリー六本木では、ソピアップ・ピッチの個展「すべては癒しの種になる」が2023年9月29日（金）から10月21日（土）まで開催されています。本展および新作に関して、「素材への新たなアプローチ、自然と癒しと、ゆったりとした時間が編み込まれる」とされているように、観る私たちは多くの作品で素材そのものの由来や“編む”という行為を意識させられます。最初、素材そのものはプリミティブな印象を与えますが、作品を観ていくうちに、非常に洗練された現代アートならではの魅力にあふれていることにあなたは気づくでしょう。ゆったりとした時間を過ごしに、本展を訪れてはいかがでしょうか。

ギャラリーのエントランスでは、ラタンを編み込んで作られた高さ3mほどの大きな花のように見える《Bauhinia Purpurea（ムラサキソシンカ）》に迎えられ、左手には竹を編んだ作品が、右手にはアルミのような金属が光る作品が展示されています。本展では全体的に竹を編んだ作品が目につくのですが、このエントランスで提示されている様々な素材により、作家の生活や文化の身近にある素材が作品となっているのではないかと想像できます。
ピッチの作品制作において、竹、ラタン、蜜蝋など地域に根ざした素材と向き合うことや、新たなアイディアを練り、ものを割いたり、ワイヤーで結んで編んだりという動作を繰り返すなど、時間をかけた丁寧なプロセスを経ることはとても重要な要素だといいます。
いままでの素材は、主に地元で購入していましたが、今回は初めての試みとして、ピッチの自宅兼スタジオの庭で育った竹をいくつかのレリーフ作品に使用しているそうです。

ソピアップ・ピッチは、カンボジアを代表する現代アーティストです。カンボジアの文化、歴史、自然、手仕事、素材への畏敬の念や情熱を、洗練された現代的な構造で作品に表してきました。
ピッチ自身の経歴、環境とも共鳴した、ゆるやかな時間と癒しを与える作品は国際的にも高い評価を受けており、メトロポリタン美術館、グッゲンハイム美術館、ポンピドゥー・センター、M+、東京都現代美術館、森美術館など、世界中の主要な美術館に所蔵されています。
私たちの記憶の新しいところでは、森美術館で開催され、先日9月24日に閉幕した「森美術館開館20周年記念展 ワールド・クラスルーム：現代アートの国語・算数・理科・社会」にて、「理科」のセクションで紹介された《ラージ・シード》（2015年）があります。こちらも、カンボジアで採取された竹やラタンを使って、伝統的な編み方を用いて構成された作品でした。

本展で素材として利用された竹は8～9年前に植えられ、ピッチの自宅とスタジオの自然な囲いとして育ったものです。量も増え、成熟したので、次第に自分の彫刻に使ってみたいと思うようになったそうですが、今まで使っていた竹よりも節に厚みがあり、節と節の間隔も近く、加工するのに時間がかかったそうです。それは今までの制作方法だけでなく、自身の彫刻に対しての考えを変えていくほどのことだったようです。

結果的に、本展で観られる竹で編んだ《Nocturne（夜想曲）》（2023年）や《Dissolving Stars（溶解していく星々）》（2023年）などのいくつかのレリーフ作品のように、今まで削り落としていた節をそのまま存在させ、ピッチ曰く「節だという認識と声を与える」ことになりました。
そして素材を最小限に、竹に黒いインクをつけて象徴性を強め、節の部分はインクを削り、内側の色とテクスチャーが露わになっています。そんなシンプルな動作により、夜空を思い浮かべるような空間と奥行きの感覚が作品に生まれています。そこには、想像していなかったような音楽に近いような感情的な共振が生まれています。

これらのピッチ作品は、自然の果てしなく多彩で美しい形が、ピッチに与えてくれるインスピレーションを表現しており、そしてその予測不可能性と順応性は自然がもつ普遍性といえるでしょう。長い間見逃されてきた小さなものでさえ、もっと先の、よりすぐれた探求のための手段になりうることを私たちに示してくれます。

日々の暮らしや身近な自然からインスピレーションを受けている彼の作品は、私たちの日々の体験とどこかでつながっているでしょう。そうしたつながりにより、もし一般家庭の居室に彼の作品があったとしたら、私たちに大きく豊かなものを与えてくれることは容易に想像できます。
使われている素材と生活や文化などとの結びつきは、ギャラリーで配布されている本展のプレスリリース（紹介シート）に詳しく記されています。一読して作品を鑑賞すると、また違った観る楽しさが生まれるでしょう。

あなたも、ゆったりとして、かつ知的に洗練された時間を過ごしに、本展を訪れてはいかがでしょうか。