柳澤紀子：Words Spoken by Animals at ART FRONT GALLERY

アートフロントギャラリーでは、柳澤紀子の近作新作展「柳澤紀子：Words Spoken by Animals」が2024年3月1日（金）から3月24日（日）まで開催されています。本展で柳澤は、東日本大震災やチョルノービリの原発事故、ロシア侵攻後のウクライナなど、私たちにとっても日ごろからニュースなどで接している社会問題に関わるテーマの作品を多く出品しています。作品に登場する動物は柳澤の想いの代弁者であり、食物連鎖の中の無力な存在であり、時には全作品に共通して底流する何かを象徴する存在であるようです。決して雄弁ではなく、また感情的でもない動物たちの言葉に、静かに耳を傾ける、本展でしかありえない特別な時間を過ごしに来てはいかがでしょうか。

静かに何かを語りかけてくる版画の中の動物たち

私たちは日々の生活の中で、ニュースや実際の体験を通じて悲しいことや許せないことにたくさんに出会います。そうした時に感情を高ぶらせることはよくありますが、なぜ、どうやって起きるのかということまで、冷静に掘り下げて考えることはあるでしょうか。柳澤の作品は、決して感情的ではなく、静かに何かを語りかけてくるようです。

例えば《動物のことば　北緯72°》（Room2）と《動物のことば　北緯90°》（Room3）は、戦車を配置したロシア侵攻後のウクライナを抽象的に表現したものです。柳澤は2006年に初めてウクライナを訪問しましたが、その時にはどこまでも麦畑が続く広大で肥沃な大地に感銘を受けたといいます。侵攻後にこの景色がどうなっているか、心配していたところ「種をまかないのは恥だ」というウクライナの人の言葉を聞いて感動したといいます。北緯72°と90°はいずれも北極圏ですが、荒涼とした風景が描かれている中にも、何か力強さを感じさせるものがありそうです。

水爆実験被災や原発事故も題材に

また、《動物のことば 海の庭 I・II》では第五福竜丸が被爆したビキニ環礁での水爆実験被災が暗示され、連作《動物のことば・フクシマ》では東日本大震災や福島第一原発事故により取り残されたフクシマの動物たちがモチーフになっています。こうした題材を取り上げるのも、2015年にチョルノービリ訪問を経て核実験に影響を受ける動物たちに思いを馳せるようになったからだといいます。

社会問題に対し取材を続け、現地に赴く作家の姿勢

版画家の柳澤は、アートフロントギャラリーとの協働も長く、2001年の個展、2008年の《魔女たちの九九》展（いずれもヒルサイドフォーラム）、第二回の越後妻有トリエンナーレ展（2003）以来の作品発表の機会となります。これまで柳澤は、モチーフとして翼、鳥、半人半獣、アンモナイトなどをイメージに合わせ、版画の可能性を追求してきました。
また本展では、切迫する社会問題に対し国内外の関係者と取材を続け、時に現地に赴き、深い思索の軌跡が表現されている作品を中心に紹介されています。こうした問題のリアルな描写や、何か具体的な答えのようなものが柳澤の作品に提示されているわけではありません。しかしながら、なぜ、どうやって起きるのかという本質的な想いは表されているように感じます。

生贄となる動物から読み解く意味とは

《静かに草を食む》はCOVID-19のパンデミックの期間に制作されたものです。柳澤も私たちと同じように重苦しい空気感の中にいましたが、手元にあった羊皮紙を使って、ほとんど衝動的に描いたといいます。モチーフになっているのは、旧約聖書で神さまを礼拝する時に義務付けられていた動物のいけにえです。

また本展では、これと関連する「Moment of Life」と題された動画をタブレットで観ることができます。収録されているのはインドのオールドデリーで行われた「ムハッラム祭」で、山羊を屠殺するシーンです。かなり残酷に見える動画ですが、こうして得られた肉はコミュニティでシェアされることを柳澤は強調します。

版画を中心とした全体の作品と、これらの動画は大きなギャップがあるような気がしますが、根っこでつながっているものが、確かにありそうです。それが何であるかは、ここではあえて記しませんが、それが本展タイトルにある「Words Spoken by Animals～動物によって語られる言葉」の意味するところのように感じます。

断片化されたように見えるモチーフから成る作品の背後にある、作家の意欲を体感し、考える楽しみを期待して、訪れてはいかがでしょうか。