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神田日勝「大地への筆触」@東京ステーションギャラリー

一度見たら頭から離れない“半身の馬”のイメージ

訪れる前から、ネットで見た未完成に終わった遺作の “半身の馬”が頭から離れませんでした。東京ステーションギャラリーで開催されていた神田日勝「大地への筆触」展は、主として4期に分けて画業の変遷をたどりながら観ることができました。作家が描こうとしたものは身の周りのことや暮らし・・・というより“生きている証”として描き続けたのであって、その象徴的な作品が最後の“半身の馬”ではないかと感じました。短くも濃い、創作の軌跡を堪能することができました。

「なつぞら」の山田天陽のモデル

この展覧会を訪れたのはNHKの朝の連続テレビ小説「なつぞら」を観ていたことがきっかけです。吉沢亮さん演ずる山田天陽のモデルとなったのが神田日勝さんと知り、調べているうちにこの展覧会のことを知りました。ドラマでは死ぬ直前まで描き続け、最後は馬の絵を完成させる設定になっていましたが、実際の作品を観ているとNHKの制作陣はかなり神田さんをリスペクトして演出したことがよく分かりました。

神田日勝さん(1937年~1970年)は東京に生まれ。戦争のため8歳で北海道鹿追町へ疎開したのち、農業を営むかたわら独学で油絵をはじめ、北海道を代表する画家として活躍され、作家としてもこれからというときに32歳で亡くなられています。
ベニヤ板にペインティングナイフやコテで細かく刻み込むように描く独特の力強いタッチで、農耕で働く馬や牛、人などのモチーフが多く見られます。

「僕にとって絵を描くということは、排せつ行為と同じかな。我慢できなくなったら漏らしてしまうだろう、あれと同じかもしれないな」という神田さんが残した言葉は、ほぼそのままTVドラマの中でもセリフとして使われていました。神田さんにとって作品は生きている証であり、その魂は50年を経ても、今を生きているなと感じました。

描きはじめから遺作まで、作家の苦闘が見える

没後50年を記念し回顧するこの展覧会では、絵筆をとり始めたころの作品から「壁と人」、「牛馬をみつめる」、「画室/室内風景」、「アンフォルメの試み」と移る4つの期を観ることができます。影響を受けた別の作家の作品も展示され、自らのスタイルを模索する苦闘や、参考にした点から何を描きたかったのかを考えることができます。

上記の4期は言ってみればモチーフの違いとも言えますが、一貫していることは自分の身近な生活を描いていることです。神田さん自身は“農耕作家”と言われるのを嫌い、農耕し、創作をすると語られたそうですが、確かに農耕は生活の一部でしかなく、彼の生きていく上での信条を映し出す身の回りのモチーフが描かれていました。ただし、馬は日々の糧を得て生きていく上での相棒以上の存在だったらしく、特別だったことがうかがえます。

1960年(昭和35年)に全道美術協会展で初入選を果たした「家」は、白・黒・赤の3色を基調に質感豊かに描かれていますが、“家”というより“崩れかけた小屋”に見えてしまいます。絵の構図は自然と家の扉に目線がいざなわれるようになっており、その扉を開けた時の見えない光景が見えるような気がしました。それは「なつぞら」で観たシーンなのですが、冬の寒い夜に寝ている子供の背中に雪が降り積もるような、過酷な開拓者の暮らしがしのばれます。チラシのキャッチコピーにある「ここで描く、ここで生きる」と決心した神田少年には、北海道の大自然や暮らしへのよほど深い愛情や挑戦心があったのではないかと想像しました。

創作活動のすべてが象徴されたような“半身の馬”

最後に展示されている遺作となった未完の“半身の馬”は、神田さんの創作活動をいろんな意味で象徴するものです。

ひとつには馬という、もっとも愛したモチーフであること。2つ目に、カンバスではなく神田さんが愛用されたベニヤ板は、むき出しの木目と馬の濃い色とのコントラストでとても美しく見え、遠目からもひときわ目を引きます。そして3つ目は画面全体へバランスを取りながら色を置いていくのではなく、パーツのところから完成に近いタッチでいきなり描き込んでいく独自のスタイルのおかげで、未完成でありながら完成度の高さを感じられる点です。
さらに言うと、描きかけなのに作家が生涯かけて描こうとしたものが伝わってきます。それはすごく不思議な体験でしたが、展覧会としては素晴らしいフィナーレでした。

館内にはジュニアガイドとして小学生から中学生向けにリーフレットが用意されていましたが、これは大人も興味深く読むことができました。ミュージアムショップには図録や絵はがき、クリアファイルなどの定番グッズのほかに、「なつぞら」にも登場したあんとバターのクリームをサブレではさんだお菓子「あんバタサン」もあり、思わずお財布の紐がゆるみました。新型コロナウイルスの影響でキャンセルされたようですが、奈良美智さんのトークショーも計画されていたようです。何を話しされたのか、聴いてみたかったです。

新型コロナウイルス対策のために美術館などが軒並み臨時休館だったので、実に70日ぶりの作品鑑賞でした。ステイホームや在宅勤務が続いて、浮世離れした毎日を送り、曜日感覚までも狂い始めていました。それでも1作目の前に立った瞬間に、自分にとっての日常や正気を100%取り戻せた気がしました。新たなウィズコロナ、アフターコロナという時代に神田さんから勇気をいただきました。

written by KIBITARO / キビタロー

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