Prospect in ART FRONT GALLERY

アートフロントギャラリーでは、企画展「Prospect」が2023年8月27日（日）から10月1日（日）まで開催されています。 本展は石川県珠洲市で開催される奥能登国際芸術祭2023に先駆けて、この芸術祭の主要施設「スズ・シアター・ミュージアム」より選ばれた3人の作家（南条嘉毅、竹中美幸、久野彩子）によるグループ展となります。芸術祭をきっかけに集まった作家たちがどのように地域を捉え、可能性を見出していったのか。そしてそれぞれの制作にどのような影響を与えているのか。「大蔵ざらえ」と称したプロジェクトで地域の家々に眠る古民具と出会い、その思い出や記憶に触れた体験を通して制作された新作群によって、作家の新たな視線や再生が感じられる展覧会になるでしょう。

旧山手通りに面したギャラリーの、ショーウインドウのようなファサードには古民具がいっぱい並べられています。背面のスクリーンには竹中美幸のビデオ作品が投影され、その光景が夕暮れ時のおしゃれな代官山の街並みに溶け込んでいるようです。
前回の奥能登国際芸術祭では「大蔵ざらえ」と称して、過疎高齢化に伴って「家じまい」が進む珠洲の家々に残る生活用具（古民具）を地域住民、サポーター、作家などが協働し、収集しました。その数は1500点を超えるといいます。それら1点1点が丁寧に整理され、作家たちが現地に入り、珠洲市の全域でそれぞれの取材活動や民具の持ち主への聞き取り調査を実施したそうです。そして作家たちはそれらの民具や資料、風景、風土をアートと重ね合わせていきます。本展では、その体験から発展した新作が代官山で紹介されています。
ひとつひとつの古民具には使っていた方にまつわるストーリーがあることは容易に想像できますし、それが作家による表現に置き換えられ、まるで命が吹き込まれたように何かを語りかけてくるようです。

ファサードの裏側となる展示室１に入ると、さらに多くの古民具を中心に構成されたインスタレーションが展開されています。
奥には前述の「スズ・シアター・ミュージアム」のキュレーション・演出を手掛けた南条嘉毅の作品が配置されています。南条は芸術祭を機会に表現方法が拡張していったといい、現在は空間構成に光と音を加えた演劇性のあるインスタレーションを主にしています。
本展では鏡や海、その地域や場所から移動してきた道具に向き合うことで、その奥に宿すそれぞれの物語を主題に複数点の作品で構成されています。鏡に映る自分に意識を向けさせられたり、ぐるぐるとさまようように回る羅針盤があったり、ひとつひとつの立体作品にゆっくり向き合っていると、自分が知っているどこか違う時間や場所の記憶とシンクロしてくるようです。

竹中美幸は樹脂やフィルムといった透明素材を通した光を主な材料として表現をする作家です。今話題の歌舞伎町タワーでは10階映画館Premium Loungeの空間を彩るメイン作品を担当しました。

珠洲では、「大蔵ざらえ」を機にあるお宅から出てきた日記や手紙をもとに、かつて珠洲に実在した個人の視点をフィルターとして、現在の珠洲を眺めながらある家の記憶を作品化しています。主に展示室２と３に展示されている作品を注意深く観ていると、その珠洲で出会った⺠具の影やその記録写真が35mmフィルムに焼き付けられ、物のそれぞれ背後にあって、私たちには見えない小さな物語がフィルムに記録されているようです。

久野彩子は細密鋳造という工芸の技術を用い都市風景を作る作家として知られていますが、奥能登国際芸術祭への参加を機会に既存のファウンドオブジェクトとの融合を試み、空間的な表現を展開するようになりました。

本展では奥能登で見つけた壊れた古民具の欠けた部分が、細かい金属の装飾加工で持ち主の記憶とともに再生されています。それは単に修復というより、新たな価値をも生み出す陶器における金継ぎのようです。展示室１で展開されている作品は《うごきだす》というタイトルがつけられ、壁面に投影される作品のシルエットとも相まって、古民具が実際に使われていた時のイメージや動きが私たちにも見えてくるようです。

本展の会期中、珠洲市では奥能登国際芸術祭2023（9月23日～11月12日）が開催されます。本展はそのサテライト会場のようでもありますが、それぞれの作品は奥能登をより強くイメージさせ、作家たちが魅せられた土地の奥深さや人々のたたずまいに少し触れられた気がします。
ぜひ時間をつくって、珠洲と代官山の両作品を鑑賞することで、ひとつのアート体験を完結させるができるでしょう。
あなたも過ごしやすい秋へと向かう時期に、代官山と奥能登を訪れてみてはいかがでしょうか？